世間一般に見れば現状は芳しく見えないだろうが、それでも私はその事に打ち解ける糸口をへの光明を見出だし、顔にはまた笑みが浮かんだ。
それからいくつかあるゲームソフトの説明を彼女にすると、彼女はその中でも格闘ゲームを所望した。けれど彼女に格闘ゲームを好きなのか尋ねるとそう言う訳ではなく、単純に二人でプレイ出来るゲームがしたいとのこと。
そうして、ゲームを起動してから一旦は順調に見えた気がしたが、操作の簡単な説明をしている途中にうっかり『ナツキ』と呼んでしまったところ、また手厳しく怒られてしまった。彼女は本格的に『ナツキ』という名前が気に入らないらしい。
いや、と言うよりもむしろ『私が考えた名前だから気に入らない』といった方が的確なような気がした。今度は他の人に考えて貰った方がいいのかもしれない。
簡単な操作説明が終わると、彼女は早速対戦を申し出てきた。
彼女が選んだのはこちらが勧めた、長い金髪を後ろで縛り、白と青を基調とした服を身に纏ったいかにも主人公といった風貌の美形剣士。
このキャラクターは世間一般に言われる強キャラであり、何よりあらゆる面でバランスの取れているキャラだ。初心者が扱うにはクセも少なく、おあつらえむきと言えた。
まあ、強いキャラを使用するとはいえ相手は初心者だし、私は勝つことよりも彼女に楽しんで貰えるように、それほど使い慣れていないキャラクターを選ぼうとしたのだがーー
『あんた、もちろん一番得意なキャラでやりなさいよ。勿論手加減なんかしたら許さないから。』
帆立『ど、どうしてでしょうか』
『あんたなんかに手加減されたらと思うと、それだけでイラッとくるから。』
帆立『えぇ……』
このようなやり取りの末、私は一番得意なキャラクター、そして手加減の許されない本気で初心者の彼女に挑む事となった。
私が選んだキャラクターは白い短髪に袖の無い忍び装束のような服を身に纏い籠手に刃を付けている、いかにもパラメーターを速さに全振りしたような忍者。
このキャラクターは手数でダメージを稼ぐタイプのため、手加減をすると必然的に手数が減る。いくら彼女が初心者とは言え、そんなあからさまでは手加減がバレ、機嫌が悪くなってしまう可能性が多く思えた。
その結果、私は仕方無く全力で試合に挑んだのだが……まあ内容は一方的だった。
忍者が足払いで美形剣士の体勢を崩したと思ったら、間髪を入れずに気を纏った拳を叩き込んで、剣士の体を宙に浮かせる。だがそれからさらに斜め上に蹴りあげて剣士をぶっ飛ばし、さらにはその剣士に追随するように忍者も跳び、宙を舞う剣士の身体に何発も蹴りを入れ、最後にさっきよりも強力な蹴りを叩き込む。
とまあ、ほとんどそんな感じであり、結果的には終始忍者の一方的なコンボが入って試合は私の圧倒的勝利に終った。
『ちょっと! アタシが一方的にボコボコにされただけじゃない! さてはあんた強いキャラって言って実は弱いキャラ勧めたんじゃないの!?』
帆立『ち、違いますって。ちゃんと世間一般で強キャラって言われてるキャラですよ。』
『……なに、じゃあアタシが弱いっての?』
申し訳無いが、これには内心首肯せざるを得なかった。経験のない者が練習も無しでいきなり使いこなせる道理などどこにも無いのだから。
とは言え、実際にこれほどまでに不機嫌そうな相手にそれをすることは出来ない。
帆立『じ、じゃあキャラクターが合ってないだけかもしれません。どんな感じのキャラクターを使ってみたいですか?』
結果として、私は彼女の質問には答えず逆に質問で返すことを選んだ。
勘繰られて、こちらがはぐらかそうとしている事がバレる危険性も考えるには考えたが、そこは彼女が深く考えない事を祈った。
『なら、あんたが使ってるキャラはどんなキャラなの。』
不機嫌かつ無愛想なのは相変わらずだが、勘繰ったりはしなかったようだ。
私は内心で安堵しつつ、今度は彼女の質問にしっかりと答える。
帆立『私の使っているキャラは、まあわかりやすく言うとゲーム中で最も素早く機動力があって、一撃よりも手数でダメージを与えていくタイプです。ですが、同時に防御力が最も低くて……』
『じゃあ、逆がいい』
帆立『は?』
『私は、一番パワーが強いキャラを使いたいって言ったのよ』
帆立『ち、ちょっと待ってください。このゲームで一番パワーが強いキャラは、同時に機動力が最も無く、遅くて……』
まあ、その代わりに防御力もトップではあるのだが、少なくとも初心者向きのキャラクターでは断じてない。
だが、彼女はむしろ望むところだという風に、この日初めて笑顔(かなり不敵にだが)を浮かべた。
『ふぅん、つまりあんたのキャラと正反対って事ね。余計気に入ったわ。あんたなんかと似たようなキャラを使うのは死んでも嫌だったから、好都合よ。』
一度そう決めてしまった意思は少しも揺らがないようで、こちらの再三のアドバイスも全く聞く耳を持ってはくれなかった。
そうして彼女が選んだのは、大きい拳と巨躯を持った異常なまでに筋肉質な軍人。試合を始めてはみたものの、予想していた通り私の一方的な試合展開となってしまった。
始める前は不敵な笑みを浮かべていた彼女も劣勢が続くにつれその表情はどんどん曇り、しまいには最初と同じ不機嫌かつ不愛想なそれとなってしまった。
それから気まずい雰囲気が支配する中でも、こちらの勝ち星が五つを越えんとする時、彼女は相変わらず画面に顔を向けたまま、急にこう言った。
『ねえ、さっきの話を纏めると、つまりあんたは前の仕事で鬱になって辞めざるを得なくなって、しかも今は面接とか書類選考に落ちまくってるんでしょ?』
チクリ、と心の奥底を針で刺された心地がした。
その揺らぎが指先にも伝わったのか、画面内では忍者が軍人の協力な拳を喰らい画面端へと吹っ飛ばされる。
『……はは、ええ、そうですよ。』
『じゃあ、そんな重大な現状なのに、なんで今みたいにヘラヘラしていられんの。先の事とか、心配じゃないの?』
軍人が、距離を詰めて来る。のっしのっしと、圧力を掛けるように。
帆立『そりゃあ、心配じゃないって言ったら嘘になります。でも、笑えなくなったらそれで終わりですから。』
『なによ、それ』
帆立『ただの経験則ですよ。前、一番状況が悪かった時は、もう笑うことも出来ませんでした。酒に溺れるばかりの日々でして。』
画面内では忍者が体制を立て直し、瞬間移動で軍人の背後に現れるとまたチクチクと近距離戦を展開した。やはり経験の差という物は如実に現れていて、こうなると彼女の操る軍人は防戦一方となる。
画面内の出来事に集中しているのか、はたまたこちらの言葉を待っているのか、彼女は画面から顔を逸らさずにガチャガチャとボタンを押しまくっていた。
帆立『酒に逃げても、楽になる訳じゃない。そんな時は、笑うのが一番なんです。笑えれば、小さな事でも幸せに思えますし、辛いときでも、希望が見出だせますから。……とは言っても、そんな状況になってしまうと、もう笑えない。だからこそ、私は、普段から笑うようにしてます。』
話す事に集中しすぎたせいか、忍者の攻撃に隙が生じ、忍者はまた軍人の拳によって吹っ飛ばされる。さすがにこれは予想外だったので私の口から小さな声が漏れたが、それを取り繕うように言葉を続けた。
帆立『笑えれば、何だって楽しい。笑えれば、辛いことも乗り越えられる。だから私は、笑える時には笑おうと思っているんですよ。』
体勢を立て直して軍人からの追撃に身構えた私だが、以外にも軍人は迫って来ることは無かった。と言うよりも、忍者を吹っ飛ばした場所から微動だにしていない。
不思議に思って彼女の方へ目を向けると、その彼女はすでに私へと顔を向けていて、つまり視線がかち合う形となった。
予想外の事で若干狼狽えている私を他所に、彼女は私をじっと見詰めたまま、口を開く。
『じゃあ、何。あんたはさっきから無理して笑ってる訳?』
帆立『そんな滅相もない。今はちゃんと楽しくて笑ってますよ。貴女が私の所に来てくれると決まった時から、嬉しくて嬉しくて笑みが増えました。』
『ふーん……』
まるで品定めするように私をねめつけると、彼女はまた画面へと視線を戻した。実を言うと、てっきり『キモい』とでも切り捨てられて、後は罵詈雑言の嵐を浴びせられるのではとビクついていたので若干肩透かしを食らった形になる。
そうして、それからも罵声が飛んでくる事もなく、またどちらともなく忍者と軍人の殴り合いを再開した。殴り飛ばされたり殴ったり斬りつけたり手裏剣を投げ付けたりしていると、不意に彼女がまた口を開いた。
『名前、何て言うんだっけ』
帆立『ああ、帆立ですよ』
『違う、あんたじゃなくてアタシのよ。』
帆立『え、いや、無理せずとも新しい名前考えますよ?』
『気が変わったの。あんたの事を一応保護者として認めてあげる気になったんだから、グチグチ言わないで。』
帆立『はは、夏来ですよ。一応でも何でも嬉しいですね。改めて宜しくお願いします。』
ナツキ『ナツキね。それにあんたはホタテだっけ?まあ、一応宜しく。』
視線は画面に張り付けたまま、けれど最初よりも幾分か柔らかい声色で彼女ーーいや、ナツキは言う。
ナツキ『……でも、だからってあんまり馴れ馴れしくしないでよ。あくまでも嫌いじゃなくなっただけなんだから。』
端から聞けば無愛想かつ乱暴に聞こえるかもしれないが、それでも私は確かに嬉しかった。
そんなやりとりをしつつも、画面内ではまた足払いからのコンボが入り受け身も取らせないまま、異常なまでに筋肉質で巨躯な軍人の体力をゴリゴリと削り始める。
ナツキ『やっぱ嫌い。なにそれ、卑怯』
帆立『えぇ……。』
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